こんにちは、Yuです。

 

ありのままに自分らしく生きる

最近この言い回しが非常に使われていますね。

 

無理をしないで自由に生きるということと同義のように聞こえますが、このように生きるとはどういうことなのか?

また、どうすればこのように生きることが出来るのか?

 

僕の考えをまとめてみます。

 

 

ありままの自分らしさとは?

 

ディズニー映画「アナと雪の女王」の主題歌の中で、「ありのまま」という言葉が繰り返し使われていました。

また、この歌は2014年最もヒットした曲とも言われています。

 

僕はこの事から、日本人の人々は「ありままに生きる」ことを望んでいる。

つまり、ありのままに生きれていないと多くの人が思っているのではないか?と考えています。

 

 

この「ありのままの自分らしさ」がこれから生きるうえで一つのキーになってくるのでしょう。

 

ありのままに生きるとは?

 

「ありのままの自分で生きる」とはまずどのような状態を言うのでしょう?

 

あるがまま。

この言葉の意味が示すのは、

他人に合わせるために無理をせず、自分にとって楽な状態で常に生きる。

という事ですね。

 

では、僕ら日本人がこのように生きることは可能なのか?

 

恐らく、これは無理だと思います。

 

 

まず根本的に、この国では他人の評価こそが絶対だと考えられているからです。

 

つまり、他者の中で自分がどれくらいの存在になっているかで、皆自分を評価しているという事です。

 

これを無意識的に把握しているので、「ありのままで生きたい!」とこれほどの人があの曲に共感したのです。

 

という事は裏を返せば、普通に生きていたらありのままに生きる事は不可能だといことがわかりますね。

 

 

普通に、世間の常識通りに生きていたらありのままになりようがないのです。

この国では。

 

まず、ありのままに生きるためには自分で自分に絶対評価を下さなければいけません。

絶対評価とは、他人と比べた自分ではなく、自分の中にある自分だけの価値判断基準で自分を評価する事です。

 

「ここは、こうやって自分の考えでこの道を選べた。」

→結果は微妙だったけど自分には満足した!

という具合ですね。

 

しかし、この絶対評価は近年の日本人が非常に苦手としていることです。

 

他人のいう事に従ってしか生きられない人間が大量発生しているのがその理由でしょう。

 

小学校、中学校、高校、大学、就職。

この一連の流れに何の疑問も抱かずに生きている人がほとんどです。

 

なぜ、この敷かれたレールこそが最善の生き方だと皆が認識ているのしょう?

また、なぜこのレールから外れた人は哀れだと思われるのでしょう?

 

その理由は、この誰かに敷かれたレールを歩めるかかどうかが最大の価値判断基準となっているからです。

 

何の挫折もなく、大企業就職まで進めた人間が一番立派な社会人だと今でも思われています。

しかし、これは大きな間違いですね。

 

まず、大企業の社員だって今や普通にリストラされます。

 

また、給料も多いが残業も多い。

報酬の分だけ、いやそれ以上に会社の犬として働かされます。

 

なのに、給料はどんどん減る一方。

その上で会社のいう事は絶対。

 

もうほとんど人権なんて無いのです。

 

このように、生きる上でそんなにメリットが大きくないような生き方「神話」のようにあがめられている。

 

一体なぜ、このようなあやふやでもしかしたデメリットしかないような生き方が一番だと思われているのか?

それは、日本人一人ひとりが自分の考えを持っていないからでしょう。

 

自分のなかの価値判断基準を持っていないとも言えます。

 

だから、どこの誰が考えたのかもわからないレールを最善だと”錯覚”してしまうのでしょう。

「皆それが良いと言っているから」

 

このようにほとんど人が思っている中で、だれがありのままに自分らしく生きれるでしょうか?

 

最初に言った通り、僕はこれを無理だと思っています。

 

自分らしく生きるとは繰り返しますが、自分の価値判断基準で自分を認めたり、よりもっと頑張れるように叱咤激励している状態です。

 

しかし、根本的な生き方そのものをまず他人が決めたレールを基準として考えている。

ほとんどの人が。

 

ありのままに生きるには、まずそういったものをすべて疑って考えなければいけません。

 

この会社は皆が良いと言っているけど、ほんとのことはかなりあくどいことをしているのではないか?

その会社に、入った自分は本当に正しいことをしているのか?

 

そういった、時に自分の過ちを認めるような自問自答をして答えを出さなければありのままの自分なんて見つけられるはずがないのです。

 

よく、自分探しの旅をしている人がいますが、旅なんてしている場合ではないのです。

本当の自分を知るためには、今まで自分がやってきたことがどれほど自分の意識で選択してこれたのかを考えなければいけません。

 

その結果次第では、自分の事をただの奴隷のような人生だった。

と酷な評価を下さなければいけないのです。

自分の意志で。

 

今の日本にそれができる人がどれくらいいるでしょう?

自分の価値判断基準で自分事をだめだと思った人間は、他人の価値判断基準に依存します。

 

どちらにしても、「自分は良い人間だ」と正当化できる基準を規準としてしまうのです。無意識的に。

 

これではありのままの自分で生きるなんて程遠いです。

自分を良くも悪くも、自分の中の生きてきた経験と言う価値判断で自分を評価できない人間はいつまでも他人に支配されたままです。

 

他人の評価がないと生きられない人間を、ありのままで生きているとは絶対に言えませんから。

 

という事は、まずサラリーマンの方はほとんど無理です。

自分の意見が封殺され、上司の意向次第で自分の評価が決まります。

 

そして学生も厳しいと思います。

 

他の人間である、教師が考えた問題をそれだけ解けたかで自分の価値が決まるのです。

 

自分らしさが消されるシステムです。

 

 

ありのままで生きるには?

 

以上の事からよっぽど自分の意志で生きる癖が付いている人以外が、自分らしく生きるのは不可能です。

 

常に自分の価値判断基準で自分を評価できる環境を作るしか道はない。

 

起業と言うのはそのための一つの答えになりますね。

自分で自分の表現したい事を決めて、それを顧客に示す。

 

もちろん、お客さんに好まれるものだけを提供するサービスもあるでしょうが、普通の起業家は自分が好むものを商品にしたり会社の売りにします。

 

自分の人間性が色濃く出るような会社・システムを作り上げてしまうのです。無意識的に。

 

 

これは、普通の大衆の反対ですね。

 

結局自分の生き方次第で自分らしさは決まるという事なんでしょう。

自分らしさをどれだけ出せる環境で仕事や遊びができるか?

 

ここで「自分らしく生きれているか」が自動的に決まってくるのだと思います。

 

 

僕は、この考え方から起業を志しました。

自分が一番表現できるものはどんなものか、を考えたのです。

 

あなたはどうですか?

本当の自分を表現できる場所にいるでしょうか?

 

ありのままで生きるかどうかは、実は自分で決められることではないように思えます。

自分の生き様それ自体が、あとで見た時にありのままで生きられたと判断するのです。

 

これからはありのままで生きるぞ!

といくら思っただけでは今まで他人言う通りに他人の基準で生きてきた人には不可能なのです。

 

自分が思う自分を、自由に表現できる仕事をしているか?

またはそういった人たちと交流して遊べるか?

 

これで決まるのです。

それはそのまま、幸せかどうかの判断基準になるのではないか、と僕は思っています。

 

ありのままで生きたいなら、もう一度自分の置かれている環境について考えるが一番の近道だと思いますね!

 

 



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